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東京地方裁判所 平成10年(ヨ)20055号 決定

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別紙当事者目録記載のとおり

主文

債務者が平成10年5月29日の取締役会の決議に基き現に発行手続中の額面普通株式650万株(一株の発行価額金1500円)の発行を仮に差し止める。

理由の要旨

第一 事案の概要及び争点

一 事案の概要

本件は、債務者が平成10年5月29日の取締役会の決議において、新規事業計画を行うために、新株650万株を発行して資金調達をすることを決定したが、債務者の発行済株式総数のうち、50.62パーセントを保有する株主である債権者らは、右新株発行は、事業計画に名を借りた債権者らの支配権を低下させることを目的とする著しく不公正な新株の発行であるとして右新株発行差止仮処分の申立てをしたという事案である。

二 当事者間に争いのない事実等

1 元々債務者は、ビーコ社と斑目力曠(以下「斑目」という。)とが出資して設立した会社であったが、ユニテック社がビーコ社の株式を100パーセント買収したため、ユニテック社が債務者の株主となった。その後、平成8年に債権者らの親会社であるシービー・ピーエルシーがユニテック社を買収することとなり、その結果、シービー・ピーエルシーの子会社である債権者らが債務者の株式を保有するに至った。

2 債務者の発行済株式のうち、債権者ラムダ・ホールディングズ・インクが、833万株を、債権者ラムダ・ファー・イーストLTD.が、205万1000株を所有しており、債権者らが、債務者の株のうち50.62パーセントを保有している。

3 債務者の代表取締役は、斑目であるが、債権者らは、平成10年2月頃、斑目が家族旅行などの個人的費用に会社費用を流用しているほか、自分の持ち家を社宅として債務者に賃貸し法外に高い賃料を得ているなどの、斑目の不正行為を告発する内容の文書を受領した。

4 債権者らは、右告発文書の内容の真偽を確認するため、同年3月、証拠保全の申立て、帳簿閲覧謄写仮処分の申立て、検査役選任の申請を行った。

5 債権者らは、斑目の家族の旅行費用を会社が負担していること、斑目の個人会社が債務者のオフィスを無償使用していること、斑目及び同人の家族が所有する建物を債務者に市場価格より高額の賃料で賃貸していること及び斑目の個人宅の電気代、電話代等を債務者が負担しているとの内容の調査報告を作成した上、斑目に面談し、右調査結果を伝えると共に取締役として再任を支持しないことを伝えた。

6 債権者らは、同年4月21日、債務者監査役谷口禎一に対して、取締役に対する訴提起請求書を送付し、これを受けて、監査役を代表して山崎祐吉が、同月27日、東京地方裁判所に斑目を被告として損害賠償請求事件の訴えを提起した。

7 債務者の平成10年5月12日開催予定であった取締役会が延期となり、同月23日、取締役である京塚光司(以下「京塚」という。)の自宅に、同月29日取締役会が開催される旨の通知が到着したが、議案の中に、新規事業計画及び第三者割り当てによる新株発行が記載されていた。

8 京塚が、事前に検討する必要があると考え、同月26日、新規事業計画と新株発行に関する資料の開示を債務者に対して求めたが、右文書は秘密文書であるから取締役会までは開示できないとして拒否された。その後、京塚が、同月27日、取締役会決議禁止の仮処分を東京地方裁判所に申し立て、同月28日、裁判所において、新規事業計画の内容が開示されたが、新株発行の内容については開示されなかった。

9 債務者は、同月29日、取締役会において、次の内容の新株発行決議をした(以下、決議については、「本件新株発行決議」、新株発行自体については、「本件新株発行」という。)。

(一) 発行株式数     記名式普通額面株式  650万株

(二) 発行価額      1株につき1500円

(三) 発行価額の総額   97億5000万円

(四) 資本組入額     1株につき750円

(五) 資本組入額の総額  48億7500万円

(六) 申込期日      平成10年6月12日

(七) 払込期日      平成10年6月14日

(八) 配当起算日     平成10年4月1日

(九) 割当先及び株式数  発行する株式を特定第三者に割り当てる。

三 争点

本件新株発行は、著しく不公正な方法による新株発行といえるか。

第二 裁判所の判断

一 一件記録及び審尋の結果によれば、前記当事者間に争いのない事実のほか、次の事実を認めることができる。

1 本件新株発行がなされると、債権者らの保有株式の割合は、50.62パーセントから38.4パーセントに低下すること

2 本件新株発行決議は、債権者らと斑目との間の紛争が激しくなり、平成10年6月末の定時株主総会においては、斑目が取締役として再任されないことが明確になった中でなされたこと

3 定時株主総会直前の取締役会において、本件新株発行決議がなされ、払込期日が日曜日に当たったり、新規事業計画の内容について、秘密文書扱いとして、債権者側の取締役に開示しないなど特別の経緯があったこと

二 次に新規事業計画の具体性及び現実性について検討する。

1 甲第三六及び第三七号証の各一、二、甲第三八及び第三九号証、甲第四二及び第四三号証並びに審尋の結果によれば、新規事業計画の作成については、副社長である嶋村弘則が中心となって、平成10年4月17日頃から作成されたが、新規事業計画は、実際に実行することを前提とするものではなく、定期株主総会前に、債権者らの支配権を奪うために作成された机上のものにすぎず、本件新株発行後は、必ずしも、事業計画通りの投資を計画するものではないことを認めることができる。

2 右認定に反する証拠として、乙第三六、第三八及び第七一号証が提出されており、同各号証には、取締役上ノ堀力及び近藤朋之は、様子がおかしかった山田博矩の話に合わせたに過ぎないと記載されている。

しかしながら、甲第三九号証によれば、超微粒子セラミックコンデンサを理論上作ることができるという論文があるが、これは実際に作ることができることを意味していないと右近藤自らが発言し、上ノ堀がそのようなことを外の場所では言ったらいけないと念押ししている発言箇所があること、上ノ堀が計画通りに40億円の土地を購入することはしないと発言している箇所があることを認めることができる。右の近藤の発言は、山田の発言を受けて迎合しているものではなく、その前後関係からすると、自ら新しい内容の発言しているものであること、後者の上ノ堀の発言は、山田の発言を受けてはいるものの、自ら断定的な発言をするもので、必ずしも山田に迎合して曖昧な発言をしているわけではなく、右乙第三六、三八及び第七一号証は採用しない。

3(一) また、東京工業大学助教授手塚育志作成の甲第三一及び第四四号証の内容と対比すると、乙第三三号証では、超微粒子セラミックコンデンサについて、理論上可能であることを述べるにとどまり、実際にできるかどうかについては触れていないこと、乙第六三号証でも、試作品が超微粒子セラミックコンデンサの一つの要素になることを示しているに過ぎず、超微粒子セラミックコンデンサの開発実現性を裏付けるものではないといえる。

(二) 新規事業計画では、超微粒子セラミックコンデンサの量産工場の建設を予定し、そのための資金計画であることからすれば、現段階においては、超微粒子セラミックコンデンサの仕様についても相当程度明らかになっているべきであるのに、乙第五〇号証に示された仕様内容は非常に貧弱なものに過ぎない。また、実験結果等の書証も提出されていない。

この点について、債務者は、審尋の場において、超微粒子セラミックコンデンサの完成試作品が存在すると言いながら、その存在を明らかにすることはできないと弁解した。確かに、新規性のある発明物で、企業秘密の範疇に入るものと理解できるが、そうであるならば、量産工場建設のための資金調達をする前に特許等の申請をしているはずではないかの疑問がある。また、特許申請の必要性がないのであれば、債権者らも秘密保持について配慮することを約しているのであるから、完成試作品を裁判所に提出することもできるのではないかと思われる。これらのことからすれば、超微粒子セラミックコンデンサについて実用段階のものとして、完成試作品が制作されたかどうか非常に疑わしいと言わざるを得ない。

4 以上からすれば、新規事業計画の具体性及び実現性については、いずれもこれを認めることはできないというべきである。

そして、前認定の事実を合わせて考慮すると、本件新株発行は、何ら資金調達が現実的に必要ではないのに、債権者らの支配権を剥奪する目的で行うもので、著しく不公正な方法によるものということができる。

三1 なお、債務者は、債務者が東証二部に上場する際に、債務者とユニテック社との間で、ユニテック社が債務者の経営の独立性を尊重しそれを侵害することは一切しない旨の合意がなされ、債権者らの親会社であるシービー社は、ユニテック社の契約上の地位を承継しているので、右義務を遵守しなければならないと主張する。

仮にかかる合意があったとしても、その負担する債務の内容が明確でなく、また、何故に債権者らが右の義務を承継するのか明らかでなく、主張として失当という外ない。

2 更に、債務者は、東証の子会社上場ルールでは、親会社が上場されていない場合の子会社の上場は原則として認められず、子会社の経営の独立性が確認され、それが上場後も遵守されることが明らかな場合に例外的に認められるに過ぎず、債務者については、ユニテック社が、平成5年7月8日、東証に対して書面を提出し、債務者がユニテック社から経営的に独立した存在であることを保証したから、上場が許容されたのであって、債権者が債務者に対してする本件仮処分は、債務者の業務執行に容喙するもので、右の東証の子会社上場ルールに反し、権利濫用として許されないと主張する。

しかしながら、右の主張の子会社上場ルールの内容、効力についても不明確であるほか、右論理には賛成できない。なぜなら、本件の争点は、商法上、業務執行の一つとして取締役会の権限とされている新株発行について、不当目的で違法であるか否かを論じているのに、仮に違法であったとしても東証の上場ルールからして差止めは認められないと主張しているに等しい。上場企業においては、株主保護のために親会社の情報開示がなされなければならないという要請は認められるが、上場企業も株式会社であり、商法の規制に服しなければならない以上、商法上違法として許容されない行為を正当化するルールが存在するはずがなく、債務者の主張は失当である。

四 よって、債権者らの申立ては、理由があるので、債権者らに共同の担保として金5億2000万円を立てさせた上、これを認容することとする。

(裁判官 近藤昌昭)

当事者目録

《住所略》

債権者 ラムダ・ホールディングズ・インク

右代表者 ジョシュア・ハウザー

《住所略》

債権者 ラムダ・ファー・イースト・リミテッド

右代表者 ジョシュア・ハウザー

右両名代理人弁護士 中元紘一郎

同 小林秀之

同 前田陽司

同 古田啓昌

同 加納寛之

同 高橋玲路

同 古賀貴泰

同 久保利英明

同 中村直人

同 菊地伸

東京都品川区東五反田1丁目11番15号電波ビルディング

債務者 ネミック・ラムダ株式会社

右代表者代表取締役 斑目力曠

右代理人弁護士 安江邦治

同 北原弘也

同 井門忠士

右復代理人弁護士 片岡寿

●新株発行差止仮処分命令申立書(平成10年6月1日付)

新株発行差止仮処分命令申立書

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

仮処分により保全すべき権利 新株発行差止請求権

申立の趣旨

被申立人が平成10年5月29日の取締役会の決議に基づき現に発行手続中の額面普通株式6,500,000株(1株の発行価額金1,500円)の発行を仮に差し止める

との裁判を求める。

申立の理由

第一 被保全権利

一 被申立人の概要

1 ネミック・ラムダ社の概要

被申立人(以下「ネミック・ラムダ社」という)は、昭和53年6月に設立された。

ネミック・ラムダ社は、電源の組立・販売を主たる事業とする会社である。ここでいう電源とは、交流を直流に変換するアダプターなどの装置のことである。

ネミック・ラムダ社の売上高は、平成10年3月期で225億円、経常利益が18億円の会社である。資本金は28億7300万円である。

ネミック・ラムダ社は、平成8年11月、東京証券取引所第一部に上場している。(以上につき甲一・有価証券報告書4頁、16頁、17頁)

大株主は、申立人らで、発行済み株式総数の50.62%保有するほか、次表の通りである(甲二・半期報告書3頁)。

〈省略〉

ネミック・ラムダ社の額面株式1株の金額や公告の方法等は、次のとおりである(甲三・定款、甲四・商業登記簿謄本)。

(1) 額面株式1株の金額               50円

(2) 発行する株式の総数             5000万株

(3) 発行済み株式の総数           20,506,200株

(4) 公告をする方法        日本経済新聞に掲載する。

二 申立人らの概要

1 申立人らによるネミック・ラムダ社株式の保有状況

申立人らは、合計して、ネミック・ラムダ社の株式の過半数(50.62%)を有している。

申立人ラムダ・ホールディングス・インクは、ネミック・ラムダ社の株式

833万株(発行済み株式総数の40.62%)

を保有し(甲五・株式登録証明書)、かつ、その100%子会社である申立人ラムダ・ファー・イーストLTD.は同じく、

205万1000株(同10.00%)

を保有している(甲六・株式登録証明書)。

2 申立人らによる株式保有の経緯

ネミック・ラムダ社は、米国法人ビーコ・インスツルメント・インク(以下、「ビーコ社」という)とネミック・ラムダ社の現会長である斑目力曠(まだらめりきひろ)氏の共同出資により昭和53年に設立された会社である。

このビーコ社が、その後商号を変更して申立人にラムダ・ホールディング・インクとなった。

設立時の出資割合は、ビーコ社が60%、斑目氏が40%の出資割合であった。

昭和58年、ビーコ社は斑目氏から12%相当の株式を取得し、持株比率を72%とした。

平成元年にビーコ社は米国法人ユニテック社に買収された。

平成4年のネミック・ラムダ社の株式公開に伴いユニテック社の持株比率は50.62%に低下した。

平成8年、申立人らの最終的な親会社であるシービー・ピーエルシー(以下、「シービー社」という)がユニテック社を買収し、これによってシービーグループがネミック・ラムダ社の株式を間接的に保有するに至った(以上につき甲一・有価証券報告書4頁、68頁、甲七・報告書)。

申立人ラムダ・ファーイースト・エルティーディは、平成4年5月に、ネミック・ホールディング社から、同社所有のネミック・ラムダ社株式を譲り受け、現在の保有状況になっている(甲一・有価証券報告書68頁)。

3 シービーグループの概要

申立人らの最終的な親会社は、シービー社(英国法人)である。同社及び同社傘下の企業群約200社(以下「シービーグループ」という)は従業員5万人を擁する、世界有数の制御装置メーカーである。

1997年4月期のグループの売上高は、

30億500万ポンド(約6650億円)である。

シービーグループは、制御システム部門、産業機器部門、温度・機器制御部門に分類され、それぞれ中核となる企業を有している。

主力製品は、制御装置であり、工場のオートメーション制御及び商用ビルの環境制御の先端コンピュータシステムから家庭用商業用器具の部品となる電子機器まで幅広い製品が含まれている。

各事業部門の中核企業は、APB社、フォックスボロ、シービー・エンバイロンメンタル・コントロール、シービー・アプライアンス・コントロール、コムペアーなどがある。ラムダグループもその一角をなす。

各地域の工場はシービーグループの国際的に張り巡らされた販売ネットワークを通じてその製品を販売している。(以上につき甲七・報告書、甲八・アニュアルレポート)

4 ネミック・ラムダ社の位置づけ

シービーグループの中で温度・機器制御部門の企業グループがある。

同グループは、電源事業、制御装置事業、コネクター事業を主力事業としており、事業部毎に欧州、北米、アジアの三極体制をとっている。グループ各社は自社の担当地域への販売を担当し、必要に応じて製品・部品を供給しあっている。ネミック・ラムダ社は、ラムダ・ヨーロッパ、ラムダUSAと共に電源事業分野に属し、アジア地域を担当している(甲一・有価証券報告書68頁)。

申立人らは、ネミック・ラムダ社がシービーグループのアジア地区での中核企業として発展することを期待している。シービーグループは、右観点からネミック・ラムダ社の製品開発・販売等を全面的支援している(甲七・報告書)。

三 差止めの理由

本件新株発行決議は、過半数の議決権を有する申立人らの議決権割合を低下させ斑目氏が会社に対する支配権を確保することのみを目的として行われるものであり、著しく不公正な目的による新株の発行である(商法280条ノ10)。

また、本件新株発行は、斑目氏が自己の利益のために行おうとしているものであって、明らかに忠実義務に違反し、かつ、取締役に対して情報の開示を拒否して十分な情報を与えず、取締役会においても審議が十分になされないまま発行決議が強行されたものであり、明らかに善管注意義務にも違反した決議である。

1 経緯

本件新株発行決議に至る経緯(時系列)は、添付の表のとおりである。

ここでは、要点のみを簡潔に示す。

(一) 斑目氏と申立人らの係争の発生

本年2月、申立人らは、ネミック・ラムダ社の従業員から斑目氏の不正行為を告発する文書を受領した。

斑目氏は、これによると、家族の旅行など個人的費用に会社費用を流用し、自分の持ち家を社宅として会社に法外に高い賃料で賃貸するなどの会社財産の横領および背任を行っているというもので、こうした一連の行動に対して批判を行う幹部は退職に追いやられるという内容であった(甲八・報告書)。

(二) 申立人らによる調査と斑目氏との交渉

(1) 申立人らは、右内部告発の真偽を確認するため、本年3月、内部監査を実施すると共に、4月1日、次の申立をした(甲九・報告書)。

〈1〉 証拠保全申立

〈2〉 帳簿閲覧謄写仮処分命令申立(甲一〇・申立書)

〈3〉 検査役選任申請(甲一一・申請書)

右のうち、東京地方裁判所及び新潟地方裁判所長岡支部より証拠保全命令が出され、証拠保全が行われた(甲一二・決定、甲一三・決定)。

(2) 右調査の結果、次の事実が判明した(甲九・報告書)。

〈1〉 斑目氏の家族の旅費等を会社が負担していること

〈2〉 斑目氏の個人会社による被申立人のオフィスの無償使用及び被申立人営業担当者の営業時間内の無償使用

〈3〉 斑目氏及び家族が所有する建物の会社に対する市場価格よりかなり高額での賃貸

〈4〉 斑目氏の個人宅の電気代・電話代等の会社負担

以上により、ネミック・ラムダ社に過去2年間で少なくとも6800万円の損害を与えていることが判明した。

(3) 申立人らは、右調査の途中で、斑目氏と面談し調査結果を伝え、金員を会社に戻すことを要求すると共に、取締役としての再任を支持しない旨を通告した(甲七・報告書)。

(4) 申立人らは、4月21日、ネミック・ラムダ社監査役谷口偵一氏に対して、取締役に対する訴提起請求書を送付した(甲一四・訴提起請求書)。

これを受けて、監査役は、4月27日、東京地方裁判所に斑目氏を被告として損害賠償請求訴訟を提起した(甲一五・訴状)。

(5) 申立人らは、4月24日、26日に、斑目氏と面談し、同氏に和解契約の案文を提示したが、交渉は決裂した(甲七・報告書)。

(三) 申立人らによる株主総会のための株主提案権行使通知等の実行

申立人らは、自社が推薦する取締役を選任するため、次の法的措置をとった(甲一六・報告書)。

〈1〉 5月12日に6月開催予定の定時株主総会における株主提案権の行使(甲一七・株主提案権行使通知書)

〈2〉 5月11日に臨時株主総会開催の請求(甲一八・臨時株主総会招集請求書)

〈3〉 5月22日に裁判所に臨時株主総会招集許可の申請(甲一九・臨時株主総会招集許可申請書)

また、定時株主総会が適正に行われるよう、裁判所に対して総会検査役選任の申請を行った(5月7日。甲二〇・株主総会検査役選任申請書)。

(四) 斑目氏の立場と斑目氏側の対決姿勢

申立人らはネミック・ラムダ社の発行済み株式の50.62%を保有していることから、来月開催される定時株主総会において申立人ら提案の取締役選任議案が付議されるとそれが可決されることは確実である。

また、斑目氏は、同総会終結で取締役の任期が満了となることから、解任の決議を待つまでもなく、再任決議がなされなければ当然に取締役から退任することになる。

然るに、斑目氏及び斑目氏側の取締役らは、3月末以降、申立人への書簡、従業員・役員向けのE―メイル等において、シービー社と徹底的に戦い、シービー社から独立すると宣言すると共に、シービー社と戦う体制作りのために従業員の組織化を試みたり、申立人らよりの姿勢を示すと疑う従業員に嫌がらせを繰り返し、懲戒解雇処分まで行うなど、シービー社に対する攻撃姿勢をエスカレートさせてきた。

ついには、ネミック・ラムダ社取締役でもあるヤーコ氏、ハウザー氏に対してネミック・ラムダ社取締役として不適切であると言いがかりをつけ監査役に監査請求を提出し、申立人ら代理人弁護士2名を4時間にわたり監禁するなどの行為に及んだ(甲二一・報告書)。

(五) 取締役会の延期

5月14日に取締役会開催が予定されていたが、突然延期された。その取締役会では新規事業計画策定及び新株発行に関する議案に関しては一切予定されていなかった(甲七・報告書)。

(六) 取締役会開催時期の秘匿

5月14日開催予定の取締役会が延期されて以来、定時株主総会開催時期が迫るにも関わらず、定時株主総会招集の取締役会開催の通知はなかった。そこで、取締役京塚氏の代理人である牛島信弁護士が5月20日、会社に電話で取締役会開催の予定を照会したところ、複数回取締役会を予定しているが、いつ開催するかは言えないとの回答がなされ、申立人ら側取締役に対しては徹底的な箝口令がひかれた。

(七) 取締役会開催通知

その後5月23日になって、取締役京塚氏の自宅に5月21日付取締役会開催の招集通知が到達した(甲二二・取締役会招集通知)。議案として、次の議案が記載してあった。

1.関係会社との取引承認の件

2.第21期監査終了後の商法計算書類及び附属明細書並びに決算短信(単体・連結)承認の件

3.株主からの臨時株主総会招集請求の件

4.取締役候補者選任の件

5.第21期定時株主総会招集の件

6.新規事業計画及び第三者割り当てによる新株発行の件

7.第21期定時株主総会招集通知に添付する参考書類の件

8.その他

(八) 資料開示請求とネミック・ラムダ社による開示の拒絶

右議案のうち第6号議案の新規事業計画及び第三者割り当て増資による新株発行の件は、会社の資本構成及び経営に重大な影響を与える議案であるにも関わらず、取締役には事前にそうしたことを検討していることさえ知らされていなかった。

取締役京塚氏は、事前に十分資料を収集し、検討する必要があると考え、5月26日、代理人弁護士牛島信氏と共にネミック・ラムダ社を訪れ、新規事業計画と新株発行に関する資料の開示を求めた。

そしてそれに先立ち、資料の用意をしてもらうため、前日にあらかじめその旨、通知した(甲二三・通知書)。

取締役京塚氏が当日訪問すると、会社代理人行方國雄弁護士と取締役伊藤氏が京塚氏を応対し、「常務会において資料は秘密文書とすることにしたから常務会メンバー以外の取締役には取締役会まで開示できない」といって、資料の開示を拒否した(甲二四・報告書)。

さらに担当者に話を聞きたいとの京塚氏の申出も拒絶した(甲二四・報告書、甲二五・通知書)。

これは明らかに取締役の権限を無視した違法な行為であった。

そこで取締役京塚氏は、5月27日、東京地方裁判所に取締役会決議禁止の仮処分を申請し開示を促した(甲二六・取締役会決議禁止仮処分申立書)。

すると対応に窮した斑目氏側は、28日午後になってようやく裁判所において新規事業計画書を交付した。

しかしあくまでも新株発行の内容については開示を拒否した。

2 新株発行決議及び公告

(一) 新株発行決議

平成10年5月29日午前10時に開催された取締役会において、次の内容の新株発行決議がなされた(甲二七・議案、甲二八・新聞公告)。

(1) 発行株式数

記名式普通額面株式    6,500,000株

(2) 発行価額       1株につき1500円

(3) 発行価額の総額    9,750,000,000円

(4) 資本組入額      1株につき750円

(5) 資本組入額の総額   4,875,000,000円

(6) 申込期日      平成10年6月12日(金)

(7) 払込期日      平成10年6月14日(日)

(8) 配当起算日     平成10年4月1日

(9) 割当先及び株式数  発行する株式を特定第三者に割当る。

右発行決議公告は、平成10年5月30日付日本経済新聞に掲載された(甲二八・新聞公告)。

(二) 審議の状況

右議案の審議において、冒頭、取締役ジョシュア・ハウザー氏が次の発言をした。

「重要な議案であり、技術的に検討・検証すべき問題が大変多くある。

事前の資料交付を要求したが無視された。本日この席で初めて資料を示された。

したがって、技術的な問題については、持ち帰って検討して、改めて審議する場を設けるべきである。

本日は、仮に資金需要があるとして、増資の方法がよいのかほかの方法が適切なのか検討しよう。」

これに対して、取締役土屋氏は、

「すでに検討をした結果だ。日本では貸渋りで銀行が貸さない。格付けがないので社債の発行も難しい。増資しかない。」

と述べた。

ハウザー氏は、

「必要ならばシービー社で融資することが可能だ。金利条件などシービー社のファイナンシャル・コントローラーと相談すればよい。」

と述べた。これに対し、斑目氏は、

「とにかく今日決める。一刻を争う。」

と述べ、ハウザー氏の提案を無視した。

次に、個別の技術的、財務的問題について、京塚氏が、配付された資料に記載された計画では、〈1〉技術的に達成不可能と思われること、〈2〉当社にはそのような開発・生産をする人的、技術的基礎も全くないこと、〈3〉売上高の見通しなども全く根拠がないことなどから、その達成可能性及び根拠について多くの質問をした。

しかし、いずれの質問に対しても具体的な根拠が示されることなく、すべて、資料通り「できる」「できると考える」との回答であった。肝心の「できる」とする具体的な根拠は何も示されなかった。

京塚氏は、引き続き質問を希望したが、斑目氏による質問を打ち切って採決するとの発言に他の取締役が同調し、採決となった。

3 支配権争奪目的の著しく不公正な方法による新株発行である。

(一) 支配権獲得のみを目的とする忠実義務違反の新株発行である。

本件新株発行は、斑目氏の会社に対する支配権獲得のみを目的とする。これは、次の点から明らかである。

(1) 激しい対立関係の中での新株発行決議であること

本件新株発行決議及びその資金需要を裏付けようとする新規事業計画は、議決権の過半数を保有する株主と代表取締役である斑目氏の間の支配権をめぐる紛争が激化した最中、突然なされたものである。

そしてその時期も、取締役選任に関する株主提案権が行使され、1か月足らずで開催される直前に迫った定時株主総会で株主提案権に係る議案が可決され、斑目氏が任期満了により再任されずに退任することが明らかとなった切羽詰まった時期になされたものである。

そして斑目氏は、自ら、「資本との戦い」であると公言して申立人らの議決権割合を低下させることが目的であることを明示して行ったものであって、この第三者割当増資が申立人らの議決権割合を低下させ、斑目氏の議決権割合を増大しようとする目的で、本件新株発行を計画し、決議したことは明らかである。

(2) 新株発行により申立人らの議決権が過半数を割ること

本件決議に従い新株発行がなされると、申立人らの議決権割合は、過半数を下回ることになる。

すなわち新株発行前の申立人らの発行済み株式に保有株式の割合は50.62%であるが、本件決議通り650万株の新株発行がなされると、申立人らの議決権割合は38.4%となる。

つまり取締役の選任権を有する過半数の絶対的な支配権を失うことになる。

これによって直前に迫っている定時株主総会で、申立人らが提案した取締役17名選任の議案を、申立人らの賛成だけで可決成立させる権限を喪失することになる。

(3) 新規事業計画は支配権獲得のみを目的としてこれをカムフラージュするために策定された作成された欺瞞的な計画である。

すなわち、右新規事業計画は、技術的にも確立されておらず、生産のめどすら立っていないにもかかわらず、生産設備への巨額な投資を行おうとしたり、すでに利用可能な遊休工場があるにも拘わらず、50億円もの巨額を投じて土地と建物を購入しようとするなど、明らかに資金需要を意図的に作出しようとしてでっち上げたずさんなものである。

(4) 大規模な増資計画にも関わらず引受先も直前まで未定である。

斑目氏側は、少なくとも前日まで新株の割当先候補会社に対して必死に引き受けるように説得を行っており、大規模な第三者割当であるにもかかわらず、急場しのぎで行われていることは明白である。

(5) 申立人らの立場の取締役に秘密裡に作成され、取締役会まで開示を拒否していた。

前記の通り、斑目氏側は、自派の取締役のみで秘密裡に計画を進め、申立人らの側の取締役に対しては情報を一切開示することを拒絶してきた。これは、本件新株発行決議がまさしく自己の利益のために強行された忠実義務違反の新株発行であることを示すものに他ならない。

(6) まとめ

新規事業計画の欺瞞性・非現実性については、今後さらに詳細に主張・疎明するが、新株発行決議が会社に対する支配権を確保するためになされた取締役の忠実義務に違反するものであることは明らかである。一部上場会社の取締役にあるまじき、会社を私物化した違法な決議に他ならない。

(二) 本件決議は、審議に必要な資料を意図的に開示されないまま突然審議に付され、実質的審議がなされておらず、善管注意義務違反の違法な決議である。

(1) 情報開示の拒絶

取締役会は経営の最高機関であり、十分な資料の検討、審議を経た上で決議に至るべきは当然である。特に新規事業計画の策定及び新株発行の審議のような会社の経営・資本の根幹に関わる議案は、経営判断の原則に則り、十分な資料の検討、十分な審議を行った上で、慎重に決定されるべきものである。

しかし、本件では、取締役からの再三の要求にも関わらず、取締役会直前まで新規事業計画、新株発行計画を申立人ら側の取締役に対してのみ秘匿し、裁判所への取締役会決議禁止仮処分の申立てを受け取締役会の前日午後になってようやく事業計画のみを交付した。

取締役に議案を検討する機会を故意に与えないまま決議を強行したものである。

(2) 取締役会における不十分な審議と強行採決

本件事業計画に示された事業については、投資金額が大規模であり、かつ、ネミック・ラムダ社として事業転換に等しい全く新しい分野への参入であるにもかかわらず、全くフィジビリティー・スタディがなされておらず、また、外注によった場合と内製化の場合の比較、潜行競業企業との競争可能性など企業が新規事業を開始するに当たって当然行うべき調査・検討が全くなされていない。

実現可能性を検討する試行段階を経ずにいきなり製品化のための工場を建設するといった、通常の企業では到底考えられない無謀な事業計画である。

取締役京塚氏が取締役会においてこれらの点について個別具体的に質問したが、「できる」の一点張りで全く内容のある回答がなされなかった。決議のみが強行された。明らかに善管注意義務に違反する違法な決議である。

(3) まとめ

本件新規事業計画及び新株発行の決議においては、意図的に斑目氏側に組みしない取締役に対して情報が秘匿された。また、実際の審議においても、十分かつ実質的な調査、検討をしないまま、決議が強行された。善管注意義務に違反する違法な決議である。

4 結論

以上の通り、右新株の発行は、斑目氏が過半数の議決権を有する申立人らの立場を強奪し、会社の支配権を奪取する不当な目的を達成するための手段としてなされたものである。

こうした新株発行決議は取締役の忠実義務に違反する違法な決議である。

新株発行の必要性を裏付けるはずの新規事業計画は、支配権争奪という真の発行目的を隠蔽するためにのみ作られた欺瞞的かつ矛盾した事業計画である。

また、決議直前に至るまで斑目氏側に組みしない取締役に全く情報が開示されず秘密裡に準備が進められた。取締役会の審議の場でも多くの質問に対し「できる」「可能である」とのみ回答され、検証できるだけの根拠が示されなかった。結局、強引に決議をしたものである。

これは、善管注意義務に違反する違法な決議である。

以上により、本件新株発行は著しく不公正な方法による新株発行であって、事前に差し止められるべきである。

第二 保全の必要性

申立人らは、ネミック・ラムダ社に対し、新株発行の差止めの本訴を提起すべく、目下準備中であるが、右新株発行の払込期日が平成10年6月14日に指定されており、いったん払込みがなされれば、ネミック・ラムダ社が新株を引き受けた者が6月30日開催の定時株主総会で議決権を行使させ、申立人らが過半数の議決権を行使できなくなることは明らかであることから、本件申立てに及んだ次第である。

平成10年6月1日

右申立人ら代理人

弁護士 中元紘一郎

同 小林秀之

同 前田陽司

同 古田啓昌

同 高橋玲路

同 加納寛之

同 古賀貴泰

同 久保利英明

同 中村直人

同 菊地伸

東京地方裁判所民事第8部 御中

当事者目録《略》

疎明方法

甲一          有価証券報告書抜粋

甲二          半期報告書

甲三          定款

甲四          商業登記簿謄本

甲五          株式登録証明書

甲六          株式登録証明書

甲七          ジョシュア・ハウザー作成の報告書

甲八          アニュアルレポート抜粋

甲九          前田陽司弁護士作成の報告書

甲一〇         帳簿閲覧謄写仮処分命令申立書

甲一一         検査役選任申請

甲一二         証拠保全命令決定

甲一三         証拠保全命令決定

甲一四の一、二     訴提起請求書

甲一五         訴状

甲一六         前田陽司弁護士作成の報告書

甲一七の一、二     株主提案権行使通知書

甲一八の一、二     臨時株主総会招集請求

甲一九         臨時株主総会招集許可申請書

甲二〇         株主総会検査役選任申請書

甲二一         小舘浩樹弁護士作成の報告書

甲二二         取締役会招集通知

甲二三         牛島信弁護士作成の通知書

甲二四         牛島信弁護士作成の通知書

甲二五         京塚光司作成の報告書

甲二六         取締役会決議禁止仮処分申立書

甲二七         取締役会第6号議案及び添付資料

甲二八         日本経済新聞公告

添付書類

一 甲号証写し                各1通

一 資格証明書                 2通

一 委任状                   1通

本件の経緯

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

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